危なくないものが、ある?

梯子乗りについては、「江戸時代の火消人足が『火事の火元はどこかいな?』と梯子を立てて高い所から見回しているものだ」と説明しているときもあるし、「火消が、火事がないときでも『いざ』というときのために体を鍛えている準備運動だ」というようなアナウンスを聞いたこともあります。

町火消は鳶職・・・とすると、梯子乗りという芸をしながら高い所で仕事をするときに危なげない身のこなしができるように訓練していたのかもしれないと私は思います。『楽しく学ぶ安全教育! 』みたいな感じ。咄嗟の判断は、普段から気を付けているかどうかで大差が出ると思うのです。返し技は、まさにその為にある技です。いろんな技を身に付けておけば、何か思いもよらない時に身を守れるかもしれません。

「浦和の江又さんって知らない?」と、川口で尋ねられたのですが、私は初耳でした。3月4日、川口に浦和から参加していた一也クンのお父サンのことです。その伝説とは・・・

20180306133119竹が腐っていたそうで、鯱(逆立ち)を上げたところ、灰吹(梯子の一番上の横桟から上の部分) の根元から折れてしまったのですが、江又さんは何事もなかったかのように芸をして降りてきた、という話。梯子が壊れてしまったので、その後ほかの乗り子は乗って芸することができなかった。この写真で、左側の竹が外側を向いているのがわかります。鯱は肩と両手の3点で支えているので、咄嗟に腹亀に持っていったのでしょうかどうかわかりませんが、左手を強く引いて腹亀に入るのが順当な判断かなと私は思いました。腐っても竹の繊維が切れない限り灰吹きが落っこちたりはしないと思うので、観客には折れたかとは気づかれなかったかもしれません。

ここまで折れる前に、前の人が頂上技をして違和感がないものかなぁ?というのも不思議だし、あったとしてもだましだまし今日一日はなんとかもつだろうという判断だったかもしれない。そして肩を掛けたときに『やばぃ!! 』という兆候があったろうけれど、一か八か上げちゃったのかも。いろんな憶測はできるけど、いざこういう場面に自分が直面したら、何事もなかったかのように対処して降りてこれるかどうか。経験に基づいて咄嗟に判断した通りに体が反応してくれたから、伝説として語り継がれる人になったのでしょう。

「梯子乗りなんて、危なくて見ていられない」「心臓がバクバクして見たくない」という人もいるようですが、危なくないことなんか、どこにもありません。危険な中でも身を守れるように知らず知らずに身に付けさせているのが梯子乗りの技なのではないかと思うのです。

一昨年私は、早朝自宅マンションの階段から落ちて大けがしちゃいました。梯子からは落ちないのに、階段から落ちるなんて爆笑です。アクシデントというのはそんなもので、危なくないと思いこんでいるときの方が危なかったりするのだと身に沁みました。

川口市南平公民館にて梯子乗り

3月4日は、川口市で梯子乗り。川口ではお正月から3ヵ月、11月末の消防点検から数えるとほぼ月一で4か月連続です。4日は公民館ホール、舞台上緞帳まで高さ6.5mということで、梯子を切断して10段にして、床面が滑るためゴムシートを敷きましたが、シートごと動いてしまいました。「纏振り・木遣り・梯子乗り」を初めて見た人にはとくに、内容が凝縮された形で、好評だったようです。川口の木遣り、遣り声の響きがイイんですよ。ホールに反響して、さらにいい声でしたね。

浦和から大将クンと一也クンの2名の乗り子が加わり6名。健太郎さん・リナちゃん・一也さん・大将さん・私・オオトリは雄太郎さんです。雄太郎さんが、2月までは隠していた(笑) 技を披露して、突然ビックリ。「密かに練習していたなんて、なかなかやるなぁ~。」と感動していたのですが、青木兄弟はしばらく梯子部を「休部」するそうなのです。解散間際に組頭から告げられて、「ちょっと待ってよ~!?」と声を上げたい気持ちですが、事情があるなら仕方なく「何も言えねぇ!」のです。梯子乗り好きじゃなくてやる気がないのであれば、最後に頑張って今までと違う技を披露したりしないと、私は思うのです。練習した成果を、たとえ一回でも人前で見せたのは、もしこれが最後になるとしても後悔しないようにしたいと思ったからなのかもしれないし、梯子にありがとうって言いたかったのかもしれないし・・・。ほら、だって、恋人と別れるときに、本当にもう会いたくなかったら、いいとこ見せておこうとは思わないでしょう?どうでもいいから早く別れて別の人に移りたいでしょ!?   ちょっと未練があるから、もう一度やり直せるなら戻りたいと思うから、別れ際はカッコよくしていつかまた会いたいとか考えちゃうんじゃないかなぁ?  フフフ(^^♪ 演歌の世界だね。

川口には鳶の伝統(歴史)があり、素晴らしい木遣りもあるし梯子乗りをする場も多いのに、意外と路の前で見たことある人は少ないようなのです。青木兄弟が戻ってくれるまで、リナちゃんと私が繋げておくから、今まで積み上げてきたものを、簡単に失くさないでほしいと思うのです。

 

「死ぬまで働く」

20180210.jpg2018年2月10日 日経新聞夕刊「明日への話題」に、エッセイストの玉村豊男氏が書いた文章が忘れられない。

『単なる繰り返しのように見える単調な作業を、そこに毎日小さな発見を探すことで持続のエネルギーに変えていく仕事。 拡大することで欲望を満たそうとするのではなく、持続することに無限の満足を感じることができる仕事。 それが自分の使命であり、情熱を傾ける対象であり、なにものにも代えがたいよろこびを与えてくれるような仕事。 労働が誰かに命じられておこなう義務ではなく、みずから進んで求める権利であると確信できる仕事……。』

職人の仕事について書いているようだけれど、工場の作業でも家事・子育てでも、学校に行くのが嫌な人でも老人でも、毎日何か発見する楽しみがあれば、「明日は何があるかな?」と思いながら眠ることができるのだと思う。

実はこれを読んでピン!ときたのは、梯子乗り。毎回同じ芸をして何も成長しないじゃないかと、毎年同じことをするだけなら乗り子なんかやめてしまえ!と思うかもしれない。私なんか何十年も同じことを繰り返している。超危険な技に挑戦してアッと言わせるために練習に励むタイプもあるだろうし、きれいさに磨きをかけるタイプもあるだろう。どんなタイプであってもいい、続けているうちに得られるものが必ずあるはず。同じことをただ続けるだけでも、同じようにできない悔しさも味わう。

私が佐藤秀で働いていた20代の頃。技能職の武田さんという大工の神様みたいな人がいて、武田さんの技術や知識を標準化しようと躍起になっていた。図面に描いて文字であらわしても、経験すべてを「見える化」はできない。ただ、どんな職種の職人さんでも、一芸に秀でた人は皆共通した一本の筋を持っていることだけは、話しているうちに気づいた。でももしかしたら、そのことにさえ気づけない人もいるかもしれないと思う。

 

 

手作りの纏

2月11日は、川口市の元郷氷川神社で梯子乗り。太鼓やバレエ、ベーゴマ回し、奉賛会の協力で射的コーナーやささやかな飲食店も出している。途中で子供たちの梯子乗り体験教室を開く。

飾られている纏は、地元の木型屋さんが作ったもので、本物よりも一回り小さい。見よう見まねで作って、「纏に赤色を使ってはいけない。(赤は火の色だから)」とか色々と指導を受けながら次の形を作り、次々作る間に勉強させてもらいました・・・と語る。本物の馬簾は馬の皮で作られているので、回したときの広がり巻き付きが全然違う。ガムテープを使ったりして工夫しているのは近づけはわかるものの、普通の人はあまり気にして見ていない。

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素人目にはわからない、というのは昨日の梯子乗りも。鈎持ちの手が足りなくて、杭を打って下のほうを固定させた。人数が少なくてもなんとか梯子を立てる苦肉の策。立てっぱなしにしておいても大丈夫な場所で、「梯子の高さを見てもらうために立ててある」という風に見えなくもない演出ということになったけれど。やっぱり、足元スカスカなのは寂しい。

「梯子乗り」っていうのは、高い所で芸をするだけのものじゃなくて、何の変哲もない竹の梯子をヒョイと立てて、鳶口という棒っ切れみたいな道具を引っ掛けて人間が支えている上で芸をすることがスゴイ面白いのだ。人と人の信用っていうか。川口では木遣りの声も美しく響いている。遣り声とカギもちの鳶口と乗り子の息が合うから、カッコよくなるんじゃないかな~と思う。・・・だからどうか、見る人も、乗り子だけを見るんじゃなくて全体に江戸の粋を感じてほしいな~。

 

2018平塚 出初式&町回り

1か月も経ってしまいましたが、1月6日の「平塚消防出初式」と「町回り」と翌7日の「二宮町消防出初式」と「町回り」は快晴で気持ちよく梯子乗りしてきました。平塚若鳶会のみんなとは、一年に一回だけしか会わないけど、丸2日間朝から夕方まで一緒に行動するから、家族みたいな感じ。出初めのときの寒さと比べると今が異常に寒いので、あの2日間はいいお天気で良かったと思う。5日に川口から帰る途中で箱根が雪降ってチェーン規制と聞いたため6日は東名を使い7日は熱海経由で遠回りをしたけれど。

町回りは今年、会社がまだ正月休暇中だったところもあり昨年より数が減り、まだ明るいうちに終わりになった。それは体力的には助かるけれども、なんだかこのまま減っていったらいやだな~という気にもなる。お正月の行事として、町回りして梯子乗りを見てもらうという慣習というかなんというか、やってる私たちも幸せな気持ちになり、見ている人たちにも「今年もいい年になりますね」という喜んだ顔になってもらえるという、とっても素晴らしい行事だと思うので。私も続けられる限り続けたい。「うちでも乗ってください」という人が出てきてくれたらいいのにね。

正月梯子3連日。さすがに疲れました~。3日間早朝出発で、ちゃんと朝ご飯食べてなかったしね(笑)。3日目の二宮では、途中で脱水状態みたいになって後頭部が締め付けられるような感じになって気持ち悪くなってしまいました。梯子乗りして下りてくると普通の時でも喉が渇くんですが、移動の車内ではガンガンに暖房が聞いていて、知らぬ間に熱中症と同じような状態になっていたのかと思う。自己管理ですね~。そういえば、以前は町回りの途中で、梯子を見るために近所の人を集めるためにお菓子や飲み物を振る舞ってくれているお宅が何軒かあって、一日回る間にお腹がすいたり喉が渇いたりすることはなかったなあと思い出しました。そそういう習わしも、だんだんと少なくなっていくのでしょうね。

2018平塚

梯子乗り三連日

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1月5日は、朝6時出発。東名は混んでいなかったので2時間15分ほどで川口に到着。

前川神社でお祓いを受けたあと、「健康ランド武蔵野」と「ゆの郷」で梯子乗り。毎年5日には安全祈願をしたあと市内を回りますが、乗る場所が少なくってしまい残念。川口市内のお店や企業や各個人宅で、お正月に玄関前で梯子乗りをしたいところがあれば、受付してますよ~。毎年見てくださる人もいる中、初めて見た人もあるわけで。前川神社に初詣にきた方々も梯子が置いてあるのを見て、始まるまで待っていてくださいました。去年と一昨年は、おそらく近くの介護施設の、初詣とタイミングが合いましたが、今年は少し時間が合わなくて、梯子乗りが始まるまで寒くて待っていただけませんでした。来年は事前に時間を連絡してあげらけたらなぁと思うのですが・・・。何しろ、集合時間の連絡しかなくて一日何箇所乗るのかも当日知るようなわけで。あんまり口を挟むわけにもいかないし。でもそれは、私が乗るところどこでもそんな感じ。こういう風習、もっとたくさんの人に見てもらえたらいいのに。多分、一か所一万円くらいのご祝儀で玄関先で梯子乗りどうですか?って宣伝すれば、乗る場所増えるのかもしれないのにねぇ。だって、私たち、朝から支度して一日あの格好でいるんですよ。だから3か所しか乗らなくても10か所乗っても一日は一日。

「健康ランド」では、「去年は若い女の子が乗っていたけど、今年はいないの?」と聞かれましたよ。リナちゃんのことです。仕事休めなくて乗れなかったけど、待っている人はいるんですね。

「ゆの郷」では、「一番目と三番目に乗ったイケメンは兄弟?」「どっちがお兄さん?」という質問を受けました(笑)  世界的に珍しいイケメン双子兄弟の梯子乗りを見ることができるのは、埼玉県川口市だけです!!!

2018年あけました

今年の梯子乗りは、5日★川口・6日★平塚出初式&町回り・7日★二宮出初式&町回りです。

12月23日、満18歳まであと一週間というときにバリーが永眠。パピヨン3匹だけでお正月です。ハスキーMIXのバリーは、青い目が白くなってきて白内障になり約一年、人間用の白内障目薬を使って進行を食い止めたものの、12月にお腹をこわして食べられなくなり、それでもなくなる前日まで朝夕1時間はのたりのたり歩いて私たちを安心させて、23日私が戻るのを待ってくれていたかのように、何か言いたげに声を出して「わかったよ。もう頑張らなくていいよ」って言ってあげたら、本当に静かに眠ってしまいました。なんだろう、悲しいし淋しいけど、二週間くらいは体を支えて立ち上がらせてあげて一緒に歩いて、バリーも答えようとしてか寝たきりにならないでいてくれたし、私の気持ちはバリーに届いていたと思えるので、もういいよって言ってあげられたんだと思います。だから他人が気遣ってくれるほど落胆はしていなくて、さる・はち・ねこの三匹 に話しかけています。

暮れの忙しい時期にバリーのことがあったので、梯子の練習にも一回しか行かなかったし、思うように時間が取れなくなり、自分だけが健康であってもうまくいかないものだな~ということを実感して新しい年を迎えました。

3日連続の梯子乗りは数年ぶりです。この冬はいつもより寒いので、洋服来てる私は「やだなあ(笑)」 っていう気持ちもあるのですが、明後日から3日間は半纏を着て別人に変身して乗り切ります!!

毎回違うから面白い

2017年11月26日 川口市消防点検での梯子乗りが、今年の乗り納め。川口201711

同じ技を同じようにやっているけど、同じようにできない。梯子の状態も、違う。同じ梯子を一年間使うから寸法は変わっていないけど、竹が痩せたり、ロープの締まり具合が違っていたり、グラウンドに立てるときアスファルトに立てるとき道路の隅に立てるときと交差点中心に立てるとき・・・条件が違う。鈎持ちも必ず同じ人が同じ場所のカギを持つわけではない。その時々で状況は変わる。それと、天候。晴れか雨か、風が強いかどうか、太陽の向きも。自分自身の気持ちの持ちよう。何か気がかりなことがあったり疲れていたり。同じ技を何年もやっているのに、これで完璧ということはない。だからやめられない。「これで満足」、と思えたらやめられるのにね。「まだまだだな、私。」って今年も思ってしまった。

新しい技をどんどん覚えてグレードアップさせていって「背亀が一人前に決められたらハイ終わり」とかいうカリキュラムは、無い。伝統の継承であり競技ではない。

誰と比べてどうだとか、そ~んなことはどうでもよくて、梯子の上から見る景色を独り占めできる面白さのために乗ってる。危ないことは百も承知で、だからその「危ない」と「楽しい」のギリギリのところが面白い。

龍ヶ崎 梯子乗り20171123

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11月23日、お昼までは雨でした。天気予報通りに雨が止むのだろうか? という降り方だったのに、やみました。田植え時の田んぼみたいに足元がぬかるんでいたけど、ミニ上棟式の会場にはブルーシートが敷かれて、上棟式の餅まきも行われました。

梯子乗りは餅まきの前座みたいな感じ。餅目当てに集まってくれる人たちを待たせている間に梯子乗りをします。梯子乗りを見てほしいと思う私たちには少し悔しい感じもしますが、午後から3回餅まきをして、集まって下さったお客様の顔ぶれは各回違っていましたから、多くの皆様に見ていただく機会が持てたことは嬉しいですね。

「初めて見ました。凄いですね。来年も見れますか?」と言ってくださった人。なかなか梯子乗りを生で見る機会はないので、ラッキーかと思います。龍ヶ崎と江戸崎の乗り子さんはレベル高いです。龍ヶ崎若鳶会の梯子は小菅さんが引っ張っているから、乗り子さんの意気込みが感じられるし、若鳶会のまとまりもある。いい時代なんだろうな。龍ヶ崎という土地柄が、職人を大切にしている・ある意味で昭和の雰囲気が残っているいい町だから、この良さがある間は安泰かと。合理的で無機質な町にならないでほしいな~。若い職人さんを大切にしてくれる町が続いてくれますように。

 

 

桜家のうなぎ

「三島は東海道の宿場だけのことはありますね~。町に活気がある。」関東鳶職連合会の慰霊伊勢参拝の帰りに一人で三島に立ち寄ってくれた寺本さんが言った。平日の昼間でも、桜家の前には行列ができている。「ここは特別なんですよ。不景気風が吹いていたときも、ここだけばいつも人が並んでましたからね。」

店内はバリアフリーではない。トイレに行く女性が、壁に手を突きながら階段を下りているが、誰ぞが付添うでもなく一歩ずつ自分のペースで歩いている。磨きこんだ急な階段はツルツル滑るのに、2階席へも文句ひとつ言わずに上がっていく。不思議な店だ。ランチタイムサービスなんていうものはなく、昼でも夜でも一律にうなぎの枚数で値段が決められていて、高いと量が多い。一人前4000円近くするお昼ご飯を食べに来ているのに、店内はお客さんの出入りが頻繁で常にガヤガヤしているし、仲居さんもバタバタしている。普通に考えれば、4000円も5000円もする食事をしに来てるのに、なんて愛想無しなんだろう!?と思うかもしれない。が…、

「これは並んでも食べに来た甲斐があったと思えるわ。」うな重を一口食べた叔母が言った。伯母は三島生まれで旧東海道沿いの清水町に住んでいるが、桜家に来たのは2度目。広小路駅の踏切を待っていたときに偶然(私の)母に会い、一緒に食べていきなさいと引き込まれた時と昨日。「踏切近くに漂う、うなぎを焼く煙と匂いだけで私は充分」と言っていたのに、お重の前に運ばれてきた「うざく」という白焼き鰻とキュウリの酢の物と、「鰻の肝の時雨煮」を食べて、既に感激しきりだった。

お店で鰻を食べたのはとても久しぶり。スーパーの鰻を美味しく食べる方法もあるけれど、やっぱり全然違うなと思った。媚びなくても、貫き通すものが確かなら、わかる人には通じるということを、細長い店の熱い空気の中に見た気がした。何でもかんでも、人にやさしくあればいいとは限らない。