一人の覚悟

10日16時。玄関のベルを鳴らしても応答なし。以後30分おきに電話&呼鈴鳴らすも返答無し。やっぱりおかしい。19時、玄関の「ピンポーン🎵」に「は~い」という返事が聞こえる。何回か鳴らしてみてドアに耳を寄せる。「はーい」「ごめんなさ~い」と声がするが、電話も出ないし玄関ドアも開かない。合鍵で開けたが、ドアチェーンが掛かっている。隙間から声を掛けても同じ返事しかない。室内で倒れて動けないのは確かだ。「生きててよかった」

11日は川口で梯子乗り早朝出発の予定だから、19時半に救急車を呼んで夜中まで対応に追われたら行けないかもしれない。生きててよかった、と心の底から思ったものの、大変なことになった。救急隊が到着、私は外で待機していたが、中からやり取りが聞こえてくるので、アヤコさんは無事だ。救急車に乗るのを拒否しているらしいので、私も室内に入った。和室で仰向けに倒れていて意識がある。天井を向いた顔からは、のぞき込む見知らぬ男性隊員を不審がる恐怖感のようなものを読み取れたので、「私が救急車を呼びました」と理由を説明すると落ち着いて聞いてくれたが、「大丈夫です。自分で起きれます。帰ってください。病院には行きません。病院に連れてかれるくらいなら、ここで死なせてください。」なんて頑なに拒むので「いい加減にしてください。私は、あなたが生きている状態で見つけたのに、ここで死なれたら、私はどうしたらいいですか?病院、行ってください。」意識があるので、本人の確認が取れないと救急車に乗せることができないらしい。「アケミさんに迷惑を掛けられません。病院には連れていかないでください。」私は明日梯子乗りで不在なことを伝えてあった。それを言っている。「大家さんに迷惑を掛けたくなかったら、救急車に乗ってください。」その言葉で頷いた。ホントに世話がやける人だ。大正15年生まれで「世話をかけたくない、人さまに迷惑を掛けてはいけないと育てられた」と常日頃言っているくせに、私には世話ばかりかけていると微塵にも思っていないようなのだ。

体温32℃の低体温症で、救急搬送された病院ではベッドが空いていないため入院可能な病院を探してもらい搬送したのが0時近く。手続きを済ませたがそちらの病院でも検査をしているので、2時近くになり「明日早いので、命に別状がなければ私は帰宅したい」と帰してもらった。7時出発は無理そうだ。

11日朝、病院に電話で容態を確認したら変わりないとのこと。だが、自分の状態が、運転して川口まで行って梯子乗って帰ってくるのがキツイ。仰向けで転がっている人を見ちゃって、「あなた今日はお出かけじゃなかったの?大丈夫なの?」などと救急ベッドに寝ている人に言われたりしたら、変に興奮して寝付けなかった。

低体温症だけで外傷も骨折もないが、身体機能を回復させて一人で暮らせるようになるまで入院。埼玉県にいる親戚に電話をしたが「私も高齢で腰が悪く…どうしたらよいものか、行くことができません。よろしくお願いします。」というだけだ。そんなもんだよな~。

『貴女がいずれ年をとったとき、きっと貴女のような方が助けてくださいますようにと、その時まで私は天国から貴女を見守っていますからね。』なんて言ってくれてもねぇ~。見守ってくれなくてもいいから。生きてる以上助けるからさぁ、素直になってよ。助けてほしいときには助けてと言ってよ、と思う。大正15年、日本橋人形町生まれの江戸っ子は、頑固でしょうがない。

 

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2019川口初出

川口の初出で起きた不思議なこと。

前川神社で乗った後、鳥居の前にいた女性が話しかけてきた。梯子の上から「サーッ」と言って(私に)指さされたとき、その方の指先がビリビリと痺れてきたという。「この人は何物?」と思われたらしい。指さしたことをお怒りなのかしらと思っていたのが、指先が痺れたと言われても…説明できない。何物でもない(笑) 。あるとしたら…前川神社のパワーを私が中継しちゃったのかも…? いやぁ~、無い無いそんなこと。

『武蔵野健康ランド』では、帰り際に「アケミちゃ~ん💛」と呼びながら近づいてくる男性。私は、てっきり鳶関係の人だと思って「は~い💛」なんて答えちゃって。車に乗ってから「今の人、昔組合に居た人ですか?」って尋ねたら、だぁれも知らない人。だって名前呼びながらハグしてきたから、絶対関係者だと思った。どこかで会った人なのに、私が忘れちゃっているのかなぁ? キツネにつままれたみたい。

『ゆのさと』では、「去年も見たわよぅ」という女性。川口鳶&浦和鳶の若衆がイイ男なんで「スーパー銭湯アイドルになれるわよぉ」とニコニコ顔。ほら、5人並んだ写真とOちゃんの写真を見てみて、本当にカッコイイでしょ。ゆのさとには暮れに「純烈」がきて大フィーバーだったそうで、「純烈より素敵よぉ~。来年は写真貼り出しなさ~ぃ。」 私もそう思う。みんなカッコイイもの、梯子乗りをする人・纏振る人という括りじゃなくて、『背亀のタカノブ』とか『纏の旺ちゃん』とか芸名で売りだせばねぇ~、各地にファンができるかも(笑) 。「来年も見に来るわよ~」という彼女の笑顔、忘れられません。

 

佐奈田霊社

2019年二宮・平塚の消防出初式が終わり、今日は恒例の佐奈田霊社。木遣りの奉納がありました。私が到着したのと同じ頃駐車場に居合わせた方が、外で木遣りを聞いていらっしゃいました。今日は、いつもより声が良く伸びて実に気持ちよく響いていたようなので。その女性は、浅草寺西門付近で育ったそうで、その頃、お正月には商店の前で木遣りと梯子乗りをしていた光景を思い出しながら聞き入っていたそうです。今は神奈川県内にお住まいで、木遣りはとても久しぶりだと喜んでおられました。浅草寺周辺で聞かれた木遣りには到底及びませんが、佐奈田霊社のたたずまいとともに印象に残ってくれたのなら、何かしらご縁があったのだろうと不思議な思いがしました。

猪目模様

DSC_0351.JPG元旦は家族で熱海の来宮神社に初詣♥ ハート型のようですが、「猪目模様」という日本に昔からある紋様。イノシシの目です。今年は猪年なのでさぞや皆さん注目しているかと思いきや、参拝行列に並んでいる人達は興味なさそうでした。魔除けとか、来福の意味があるそうです。ハートのモザイクタイル、カワイイですよね。

12/23の全国高校駅伝の感動を引きずっていて年賀状も31日ギリギリに出して、元旦くらいは朝寝坊しようと思い明るく暖かくなってから起き出しました。太陽の温もりで起きられるだけで、あ~幸せだわ! って思えるのです。いい一年になりそう。

昨日は箱根駅伝。1区の近藤君と3区の三須君を応援しに、ユウコ姉さんは同窓会の幟を持って出かけたけれども申し訳ないっ!!私はテレビ観戦。

5日は川口初出、6日の二宮町消防出初式、12日の平塚消防出初式。このお正月イベントが終わるまでは私用外出しません。仕事はするけど。

1日夜に、TOKIOの城島さんが梯子乗りの練習していた映像が出ていました。練習で怪我してしまったニュースを見たとき、梯子乗りを「はしごパフォーマンス」と呼んでいて「舐めてるでしょ?」と憤ってましたが、梯子乗りの練習をしている姿は結構真面目でした。1本遠見なんか、かなりきれいに決まってましたね、練習ハシゴで。パフォーマンスは「(鶯の)谷覗き」で手を伸ばして昆布巻きを食べることができるかどうかというものらしい。できるでしょ、ウグイスは落ちないから。昆布巻きの位置を決めておいてから梯子立てれば。城島さんが成功させて梯子乗りを知らしめてくれれば、出初式での認知度がアップするのに…今年は残念でした。で、来年挑戦するなら、ぜひぜひ木遣りも稽古して披露してくださいって思います。NHKBSで民謡番組の司会してる城島さんなら、木遣りの素晴らしさもわかってくれるんじゃないかな~と。「ウグイスで、木遣り謡いながら昆布巻きをゲットする」はしごパフォ。見たいです。

 

 

 

 

 

高校駅伝を応援に

DSC_0281明日12月23日、午後0時半スタートの全国高校駅伝大会に、母校が出場します。新幹線京都日帰りで応援をしてきます。日曜日も早起きだ(^^♪

先日、伊豆の国市役所へ行ったら「垂れ幕」がありました。「豆の国市」じゃなくて、「伊豆の国市」ですからね! (笑)… 私が在学していた時は韮山町でした。当時私は自分の高校の歴史とか何にも知らずに受験して入学したので、文武両道の韮高には「過去の栄光」というのがあって、野球部が選抜初出場初優勝を果たしただとか、バレーボール部が全国高校総体3連覇しただとかいう話を聞いても、「昔の話だ」と思っていました。全国高校駅伝大会が始まったのが昭和25年、韮高は第1回と第2回に出場していて、今回は67年ぶりの出場だそうです。そしてなんと、「過去の栄光」と他人事のように言っていた野球部バーレー部の全国制覇は、第1回の駅伝大会の年だったそうです。輝かしい時代ですね~。驚きました。67年経ったいま、また輝かしい時代が巡ってきたおかげで、OB・OGというだけで我がことのように喜んで応援に行ってしまうのですから、歴史ある学校ってある意味オソロシイです。私は在学中に自分の高校をスゴイとは思っていませんでしたが、後輩たちが頑張ってくれているおかげで卒業後にワクワクできて、いい高校だと思えるようになりました。頑張れ韮高!!!

高校駅伝の次は、箱根駅伝。韮高陸上部OBで東大の近藤君と中央大学の三須君を応援するという話題で盛り上がるはず。陸上部、すごいな~。

 

 

 

 

正直な身体

「今回の梯子はいつもより少なかったんですかね?」体のメンテナンスをしてもらっている鍼灸師のユリさんが言った。11/11の川口は、2回、いつもと同じ内容。しかも往復運転と帰ってから富士迄往復。「そうなんですか? 不思議ですね。」

川口の梯子には年に何回も乗っているから、初めての梯子と違う。二本背亀のときに、微妙に竹の間隔が違うと首がかかる位置が変わるので、場合によっては首で竹を摑まえる感じになり頭の後ろから首の後ろ側がコリコリになる。今回はそれがなく、体重がかかっている所が緊張しているだけの結果だった。豊橋は一回しか乗らなかったけど、結構負担が掛かっていたみたいで、首が痛かった。

お天気も暑くも寒くもなく風もなく、気持ちよ~く乗れたから疲れていないのかもね。梯子のサイズも体で覚えてるし。梯子持っている人たちも、私のことわかってる人たちだからこっちも安心して乗れる。初めての梯子で初めての人たちと乗るのとは違うかしれないね。

「それは大きい違いですね! !  いきなり本番って状況みたいだから、初めてかどうかは違いますよね。」ホントだね…。体は正直だ。大丈夫かな?と思うだけで余計な緊張が筋肉に出て防御態勢に入るわけね!  ユリさんに定期的にメンテナンスしてもらうようになってから自分の体が面白い。そうか~、お正月に平塚・二宮で二日間朝から夕方まで乗っても平気なのは、安心してるからなのか~ぁ。

あ、それともう一つ共通してること。川口も平塚も、親会の皆さんの木遣りの中で乗れること。これはとても重要なポイント。木遣りを聞きながら梯子の上で揺られてるって、最高に気持ちいい。技の説明アナウンスしてくれるところもあるんだけど、木遣りのほうが絶対いい。見てる人も、木遣りを聴いたら感激するし。

明日の龍ヶ崎、25日の川口。両方とも早起き出発なので、気合入れて今日は早く寝ます。

鳶は元祖コスプレ集団だ!?

今日現場で働いている鳶職さんは、半纏など着ていないけれど…。股引腹掛半纏は「鳶」の必須アイテムで、半纏を着たくて鳶になりたいって言った人がいたとか(いないとか)!?

11月11日 川口宿鳩ケ谷宿日光御成道まつり。郷土芸能で参加した川口鳶消防組が集合写真を撮るとき、川口e5bea1e68890e4bbaee99da2.jpg駅前は江戸時代のキラキラ衣装の人たちで溢れていて、木綿半纏の鳶はなんと地味な集団だったことか。殿様姫様は偉い方々にお任せするとしても、いっそ観客の市民も、み~んな江戸時代風にコスプレして街道を練り歩いたら楽しいだろうに。お祭りは、参加するほうが絶対楽しい。

梯子乗る日は、支度を済ますと変身。集合場所から自分で運転する日はなりきってるから良いものの、新幹線で移動するときに偶然バスの中で同級生と遭遇してしまった時は調子が狂う。10月に豊橋へ行ったときは途中からJINが乗ってきて隣に座ってきた。「よく会うよね、バスで。」たまにしか乗らないのに。「前に会ったときもスーツケース持ってたよね、A子と旅行するって言ってた時。」それって何年前? よく覚えてるよねぇ。豊橋に着くまでメールで居眠りもできなくて、あぁ…私の貴重な新幹線孤独タイムがなくなってしまったぁ~。車運転しながら・新幹線で外を眺めながら、イメージトレーニングみたいなのを自分なりにしていて、そこが崩されるとなんとな~く気持ち悪い。

JINが梯子見たいというので、「11月は11・川口 23・龍ヶ崎 25川口 で梯子乗り」と書くと、「23日龍ヶ崎まで鞄持ちするよ」という返事が来たのだが、お断りした。まぁ、その時点では22日夜のうちに移動するかもしれないからという理由なんだけど、真の理由は、移動は一人で落ち着いた時間を持ちたいから。コスプレしても、なりきるまでには時間が必要。