龍角散 CM

龍角散CMの木遣りが話題に上がったので、龍角散の公式サイトで探してみました。

「龍角散ダイレクト」日本の祭り篇 と 祭りののどに 神田祭篇 の2つ。現在は日本の祭り篇が流れているんですね。江戸消防記念会の木遣り、カッコイイですね。半纏もビシッときまってカッコイイ。どうすればこんなにカッコよく着こなせるんでしょうね~。半纏着体形というのがあるんですかね。

遣り声の響き、私にとっては父がお風呂で大声出して歌ってた幼い頃の記憶です。それが「かっこいい」と思えるようになったなんて、年を取ったということです。

胃を全摘出したとは思えない大声で、父の車からはヤバい系の車みたいに木遣りCDがかかってます。そういえばうちには、「龍角散のど飴」の袋がたくさんあります。

 

 

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たたらまつり2016ハシゴ

8月7日  川口オートの夏祭り「たたら祭り」は非常に暑い日でした。その週末は三島も37℃とか言ってましたけど、川口の暑さは熱風の度合いが違う!! ジリジリの強さが違う!!!

青木兄弟とリナちゃんが乗れる、トモカズさんは乗らないという。わからなくもないんだよね。世代交代しないと、新しい乗り子さんたちが育たない。だけど、この前のような事態(病気でいっぺんに二人乗れなくなってしまったりした) になったとき、とっさに乗れる状況を保っておかないと…。乗らないでいたら本当に乗れなくなっちゃうかもよ!??  気持ちが乗れないときには危ないからやめたほうがいいとは思うけど、気持ちを絶つにはまだ早いかなと思うんですけど。とはいうものの、子供がいて、一家を支えていて、あまり乗る気がないハシゴに乗ってもしも何かアクシデントが起きて怪我して働けなくなっちゃったら一体誰が面倒みてくれるんだよ!?・・・という気持ちはわかる。私も同じだけど。一人で川口に出かけてはしご乗りしていてケガして帰れなくなっちゃったらどうするんだろう?? って不安が全くないわけではない。だけど、それははしご乗りだけの不安ではない。ゴルフやってて倒れちゃう場合だってあるわけでしょ?  若いうちは、楽しければいいみたいなノリでやっているけれど、家族をもったときにふと考えたら怖くなることがある。親しかいない私でも、私がいなくなったら親の面倒だれが見るの??って思うし(笑) しかもこれ、労災下りないしね。なので、絶対に落ちたり怪我したりしないように。

 

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川口 たたらまつりに行ってきます

さわやかな風が吹いている~。蝉の声が風に乗って、テレビからの高校野球の入場行進の音声がかき消されてる。って感じの我が家なのですが、これから向かう川口は暑いんだと思います。

海の日の前川神社では、青木兄弟が食中毒で不参加、リナちゃん仕事と休むことができず不参加。川口期待の若手乗り子3名が欠席ということになり、あまり乗り気じゃなかったトモカズさんが仕方ないって感じで乗って、浦和の大将くんと私が助っ人で入り、なんとか凌いだわけです。せっかく乗る場が用意されているのに、なんだかとてももったいない気がします。

今日はリナちゃんも参加すると聞いているし、青木兄弟も大丈夫でしょう。午後3時からと4時からの2回。なので私はゆっくり出発で、これから支度して、お昼過ぎに着くように・・・お昼ご飯を海老名S.A.でちゃんと食べるだけの時間的余裕を見込んで・・・運転していきます。

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明後日は「たたらまつり」ですが

ずーっと更新していなかったので、ハシゴやめちゃったのかと思われているかな。更新していない間も、7/16(土)には館林まつり、18日(海の日)は川口前川神社祭典でちゃんとはしご乗りに参加してきました。元気でやってますよ~!!

PC壊れちゃうし、相変わらずガラケー愛用者なので、PC壊れた間はできる限り世間とかかわらないように過ごしてたっていうか、必要以上に連絡とかとらないようにしているので、本当にこれって「隠居」という言葉がぴったりだなと思う。

館林まつりでは、今年のポスターに私の写真が使われていまして、館林駅改札を出たらいきなり自分のはしご乗り姿が目に飛び込んできて「わぁ!」とビックリ。お神輿の人の後ろのほうになんですけど、ちゃんと私だとわかるような写真なので…館林若鳶会の乗り子のみなさんには申し訳ないことですね。組合長さんは大喜びでしたけど、私は当日に知ったので、いただいたポスターも既にその時点では過去の遺物になってしまっていて(笑)、重たいキャリーと一緒に館林~前橋~川口~三島と移動して記念に持ち帰らせていただきました。どうせなら、行く前に送ってもらえたら気分が盛り上がったでしょうね~。

今年はそんなに暑い日ではなかったけど、筋肉が脱水状態になりました!! 笑っちゃう。館林に到着して着替えて徒歩で移動してギリギリの時間だったので、お昼ご飯も食べてないし電車降りてからは水分もとっていなかったからだと思う。以前みたいに、はしご乗りの最中に渇水状態になって水も飲めない状態にはならなかったので、自分では大丈夫だとおもっていたのだけど。飲み会の席で両足がつっちゃって、足の裏からふくらはぎにかけて、治ってもまたつって、夜中まで続いた。やばいっすね。年なんだから…ちゃんと食事して水分補給もしなくちゃ。カッキーに「梯子のあとは肉食べなくちゃ体がもたない!! お酒はいらないからちゃんと食べれるお店にして」って頼んでみたけれど、自分でガッツリお昼に焼き肉食べる時間を設けないといけないと認識しました。

明後日は、川口オートレース場での「たたらまつり」です。

 

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ニワナナカマド

お茶の先生のお庭から、「ニワナナカマド」をいただいた。宝石みたいな蕾と花! 葉っぱがナナカマドに似ているからこの名前がついたのだそうだ。梯子のオフシーズン、ちょっとアクシデントがあって・・・7月からお稽古に復帰しようかな?

 

室伏選手が

ハンマー投げの室伏選手のニュース。すっごく嬉しかったんですけど。今自分ができることで熊本の被災地を応援する姿。去年6月に石巻で聖火台に点火をした室伏選手のことだから、熊本だけじゃなくて東北も!!って心の中で言ってくれていると思いながら見てました。あのとき、手ぬぐい差し上げていればよかったな~なんて、今頃残念がったりして。

今週末、5回目の韮高同窓会東北応援ボラバスを出します。定点観測地は南三陸町の歌津伊里前。3年前に出会ったキクヨさんに、また会えるかしらと。今年は2日目に、石巻をバスで回ります。大川小跡を見て、白謙かまぼこ工場見学。お昼ご飯を食べる「友福丸」さんは、去年梯子乗りをして知り合った遠藤興業 鎌田さんに紹介してもらいました。津波でお店が壊れて、今はトレーラーハウスで営業しているそうです。ボラバスといっても、草刈やお掃除手伝いくらいしかできない。行くたびに変化していく東北を見に行くだけでも、続けていく意味があるかもしれない。

・・・な~んて、意味があるとかないとか考えても仕方ないことで、今、体が動いて、時間が作れたら、したいことをすればいい。それさえもできない人から見たら、できるのにやらないのはなんとも惜しいことか。たとえそれが年に一回でも。

勇気をもらう

日立さくらまつり、1回目は12時。終わった後に人ごみを移動していると「あっ! 三島のアケミさんだ」と呼び止められた。梯子乗りのアナウンスで龍ヶ崎の杉山さんが「静岡 三島から参加のアケミさん」と言っていたからだ。名前を憶えていてくれたなんて、嬉しいですね~。私よりお若い男性2人で、1人の方が「三島に住んでいたことがあり、4月2日の遺伝学研究所の一般公開に三島に行ってきたんですよ。」という。住んでいた街だから『三島』に反応してくれたのね! 「ありがとうございます。三島の宣伝にもなって嬉しいな。」住んでいた場所や縁がある町の名前が出てくると、懐かしく嬉しいものですよね。「アケミさん、小さいんですね~。すごく大きい人に見えました。こんなに小さいとは思いませんでした!!」オカシ~イ、大きく見えるんだよね、態度大きいからかも(笑)。草履だと、ほとんど「まんま」身長だからね、153㎝しかありません。(152.5くらいなので、152というべきかと思うけど、ちょっとでも背を高くしたいから153と言っています)

2時までの間は自由時間。風流物のからくりを見に観衆の中に入ると、今度はご年配の男性グループから「あれ?さっき梯子乗りしていた人ですよね?一緒に写真撮ってもらっていいですか?」さくらまつりと風流物を見に、潮来から1泊旅行に来ているそうだ。「潮来でもやってほしいなぁ~、梯子乗り」と言っていましたよ。来年また、日立に見に来てくださいね。

2回目は2時から。杉山さんの上手なアナウンスで人がどんどん集まってきた。龍ヶ崎の杉山さんの娘さんも乗り子。娘さんのときに「父親の私が一番緊張しています」と言ったので、一気に注目。彼女が乗ってくれれば、私は茨城県に遠征しなくてよくなるので、練習して活躍し続けてほしい。

2回目終わって、引き上げようとしたとき。「あなたから、勇気と元気をもらいました。ありがとう」と引き留められた。更年期から何もやる気がおきなくて沈み込んでいたけれど、「あなたが上で一人で頑張っている姿を見て、私もしっかりしなければという気持ちが湧いてきました。」という。「私も、そういわれて元気をいただきました。見てくださってありがとうございました。」同じ女性として共感してもらえたのかな。誰かを勇気づけようとしているわけではないのに、結果として大勢の中の誰かが幸せな気持ちになってくれたら、本当によかった。続けていてよかった。

急に思い出したことがある。中学生の頃から三島大社の夏祭りで梯子乗りをしていて、慰問や市内各地で乗る家の近くに毎年見に出てきてくれたおばあさんがいた。「あなたが毎年来てくれて、毎年同じようにここで見られるのが私の励み」と言ってくれていたこと。同じことを同じように続けられることは、ある意味とても大切なことなのかもしれない。

日立のさくらまつりでの梯子乗りが、これから毎年続きますように。