梯子乗り お試し

2月11日 埼玉県川口市の元郷氷川神社で梯子乗り。朝7時に出発予定でしたが、6時のテレビニュースで「東名・新東名とも通行止め」!!!!! うそ~!?ってびっくりしている場合ではない。どうしたもんだろ~・・・と考えながら歯磨きしてお湯を沸かして、新幹線で行く準備をしていないから、昨夜車に積んだ着替え服とかをスーツケースに詰め直さないといけないな~・・・などと頭の中でパターンを検討。とりあえず半纏着てから結論を出すしかないか。当日朝になって「行けない」ってのはマズいだろう、そんな不義理はできないな~。なんで前日のうちに移動しておかなかったんだ!?ということになる。新幹線で行くしかないか!? どうしよう~?と相談するわけにもいかない。自分で決めなくちゃ。箱根新道は通れると確認できたので、小田原厚木道路で厚木から東名を走れば車で行ける。決断したときは7時過ぎていた。まあ、なんとかなるでしょう。三島側は山中城付近から上が雪、小田原側は下りても雪がなくならない。小田原厚木道路から見える家屋の屋根には雪。伊勢原手前まで雪がある!! こんなこともあるんだな~。

川口は全く雪の気配すらなく、晴れて暖かい日だった。梯子乗りしたのは1回だけ。この一回だけのために苦労して行ったんだね~(笑)  だけど、見に来てくれたおばさん二人連れが「目が合ったと思ったら手を振ってくれたから、きっといいことがあると思うよ。よかったよかった」と言って帰ってくれたので、なんだか、この人のために乗ったというだけでもありがたいな~という気持ちになれた。青木兄弟も自信がついてきて、浦和の大将クンがキレが良く上手くなっていて、私いなくても大丈夫だなって思ったけど。

目的はもう一つ。子供たちに梯子乗り体験をさせること。練習梯子を立てて、分厚いマットを敷いて、地元の子供たちに教える。上って、向き替えて、ほんのちょっとポーズとるだけなんだけど、わりと好評だった。「やってみたい」子は多いんだよね。私もそうだったわ、「あんなの私の方が上手い」って言っちゃったら「やってみろ」ということになったんだから。中には、いきなり灰吹きに飛びついて腹亀モドキをやってのけちゃう小1の女の子も有り。やってみたくて並んだdsc_0021のに、いざ上ってみたら怖くて、下りて来たらお母さんに抱き着いて泣いちゃった子有り。並んでいる間に、前の子がどんなふうにしているのかをちゃんと見ているようで、自分の番になったら、教えなくても「こうするんだ」と体を動かしてくれる。子供は体が柔らかいし、考えなくても身を守る態勢が取れるから、あまりこちらが口出さなくても見様見真似でできちゃうものなのだ。「ひょい」っとすぐに何でもできちゃう子は、こっちの言うことを聞かなくてもできちゃうから、逆にコワい。注意をしないからだ。平気平気、落ちてもマットがあるし・・・みたいな気持ちでやっているんだと思うけど。子供たちに体験させたことで、大人も学べるいい機会だった。

梯子乗りは体幹を鍛え、木遣りは音程関係なく腹の底から声を出していいからストレス解消になる。これって、一般の人に教えたらいいのになぁ。伝統伝統って鳶職に就いている人にこだわらずに、体験して理解してもらうことで「義理と人情とやせ我慢」の心意気を知ってもらえる、と私は思っているのです。知ってもらうと見てもらえる、いい循環でしょう?

 

 

平塚出初式の写真

平塚の消防出初式では、一眼レフカメラを構えて撮影している人がたくさんいますが、撮影した写真を私たちがいただくことはあまりありません。でも、車に乗り込むときなどに声を掛けてくれて、後日郵送してくれることも。

今年は始まる前に車のところに来てくださり、集合写真を撮って貰いました。人数分プリントして届けてくれた中に手紙があり、「元気をもらいました」と書かれています。もう今年でやめようかなどうしようかなと思うこともありますが、こういう言葉を掛けていただくと、「私も頑張りますから、来年またお目にかかれますように・・・」と返事を書くのです。書いたからには、今年いっぱいは元気で頑張らなくてはいけない!! こういうも手紙やメールをいただくと、私が元気を貰っているんだな~と思います。ありがたいです。

 

 

佐奈田霊社

佐奈田霊社には、平塚cimg0417で梯子乗りをさせてもらってから毎年行っている。元住職が病気になり、昨年の正月にはその息子さんである前住職が「後を継ぐことになりました」とあいさつされていたのだけれど7月に急逝されたそうだ。そんな話を、二宮親会を今までまとめていた重鎮(笑)の原健さんにすると「そうか、時代は変わっていくってことだ。そうだろう?」と返答された。「だけど、お前は二宮を復活させたんだから、やめるわけにはいかないだろう?」とも言われた。「そ~なんですよね~、ハハハッ」と笑い飛ばしたけど、あと何年続けられるんだろう?最高年齢記録を作るまで、平塚・二宮で乗り続けなければ!!!!

箱根山の西に、江戸消防の木遣会もお参りに来る社があるなんて、平塚で乗ってなければ知り得なかった。また、わかりにくい場所だし。

真田義忠(与一)と木遣会の関係がしっくりこないんだよね~。喉が良くなる・声がよく出るようになるからということでお参りに行くというのだけど、それだけなのかな? 何かもっと理由があるんじゃないのかな?  …とまぁ、考えても仕方ないのではあるけれど。三島は源頼朝と縁があり、(私の出身)高校がある韮山は頼朝が流されていた土地でもあり北條氏が治めていた地でもあり、さらに母校をつくったといわれる韮山代官・江川坦庵は江戸時代に平塚あたりまでを治めていたという。何か縁を感じてしまうわけで。

 

 

雨の中での梯子 町回り

cimg04031月8日(日)二宮の消防出初式は、今にも降りだしそうな雲ではあったけれど大丈夫だった。けれど慰問&町回りに小磯サンちを出発したところからポツポツ降り始め、中井町で終わるまでの間、冷たい雨が降り続けた。昨夜は平塚鳶組合の総会・新年会と木遣会の佐奈田零社奉賛。舩津会長が「あの雨の中で、誰も町回りをやめようと言い出さずに、事故もなく終われてよかった。」と語っていた。

夏の雨とは違って、箱根に雪が降っているときの雨だから、冷たさが尋常ではなかった。町回り・慰問では事前に時間連絡をしてあり、特に今回は復活の年で、今後も続けさせてくださいと、こちらからお願いしているので、相手が断ってこない限り続行したいという思いがあった。満足な芸ができないのに、雨に濡れて見届けてくださったお施主さんには改めてお礼の挨拶をしなければ申し訳ないなと思う。

「アケミちゃん、雨の中でも乗るんですね?」と昨夜、トモヤ君が質問してきた。「雨でも風でも台風でも乗れと言われれば乗るよ」実際、乗ってきた。だけど、1回切りだったよね~。町回りの12か所、移動中も半纏が乾かないでまた乗って・・・という経験は初めて。私たち乗り子は危険だけど、カギもちはもっと大変。上を向いたら顔に雨がかかってしまう、寒くて身震いしたら鳶口が動いちゃう。木遣り師も、声を出してるのに雨を被って言葉が出しにくい、赤半纏は絹でできているから濡れたら縮んじゃうかも~。みんなそれぞれの持ち場で、やめようよと言わないでやり続けてくれた。秦野からお手伝いに来てくれた方たちも、こんなはずじゃなかったと思っていただろうに。みなさんのおかげで安全に行事をこなすことができて感謝してます。

平塚の梯子は、節止め。灰吹き先端は竹の節の切り口。半日の雨水がしみ込んでいる。私の半纏も背中まで濡れている。前日、ショウジさんから「雨が降らなかったら、中井の子供たちに背亀を見せてあげて」と言われていたので、やってあげたい気持ちはあったんだけど、やめてしまった。そこ1か所だけが雨だったら、やっていただろうな~。

雨の経験がない乗り子には無謀としか思えないのだろう。トモヤ君との会話の続き。「いろんなところに乗りに行くから、天候がわるいときもあるけど 、私は梯子乗りするために呼ばれてそこまで出かけていくわけだから、『こんなお天気では乗れません』なんて絶対言えない。」すると「え!?逆じゃないの? 」と言われて、ふと気づいた。そうかもしれないね。断ることもできたのかもしれないね~。だけど、それじゃ私が呼ばれていく理由がないじゃないの。わざわざ一日つぶして行ってるんだから、乗れなくちゃ意味がない。二宮でも、雨の中で乗ってるのはイヤじゃなかったんだよね。むしろいつもと違う楽しさ?

「箱根新道が使えず、熱海経由で海岸クネクネと走る余力がなく、東名を一時間かけて帰り着いて、途中でトイレに行きたくても濡れた半纏を脱ぐには家まで寄り道せずに走るしかない!!と我慢して(笑) 、シャワーを46℃にして頭からお湯被っても体が温まらなかった」と話すと「なんでシャワー?お風呂に入ればいいじゃない」と返事。だって、独りだからお風呂沸かして待っててくれる人いないし。お風呂が沸くまで待てないもん、奥さんがいる人はありがたいんだと思った方がいいよ!? 日帰り温泉に寄ればお湯に浸かれたな~なんて思えたのは体が温まってから。頭から足先まで凍えそうなときに、どこか寄ろうなんて余裕はない。濡れた足袋を脱ぐにも苦労するくらいなんだから。そんな状態で、乗ってたのが不思議っちゃー不思議だよね。

 

 

 

 

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平塚と二宮 出初式の梯子乗り

cimg0397cimg03887日(土) 平塚の出初式は快晴で暖かく、8日(日)二宮の出初式は朝から曇りで寒かった。「なんで8日だけあんなに冷たい雨なんだよぉ~意地悪!」と嘆きたくなるように、8日は昼から雨が降りはじめて町回りではずぶ濡れになってしまった。平塚二宮で乗り始めてから、こんなお天気に梯子乗りをしたのは初めて。

平塚には、毎年写真を撮りに来てくださる方々がいて、今年初めて話しかけてくださった方が昨年撮った写真をくださった。すごく高性能なカメラで、ズームアップしていくと梯子の上の顔がアップに映し出される。去年よりシワが増えたな~とか一目瞭然なのだ。大変!!  でもそういう方たちも、私と同じように年を取っているので、若けりゃ若いほうがいい的なことを言わないでいてくれるのはありがたい。「来年も、この方々がお元気で写真を撮りに来てくだされば嬉しいな~」なんて思っちゃうのである。

平塚のアベケンさんでは、社屋のガラスに今年も写真を貼ってくれてあり、今年はこの張り合わせ拡大コピーを貰い受けてきた。拡大してもこんなにきれいに撮れているのに、捨てちゃうのはもったいないでしょ? 家に持ってきて家族に自慢しちゃった。パウチした写真は、昔毎年、三島大社に梯子を見に来てくれていて現在はガン治療中の女性に、「私も頑張ってるよ」と見せてあげてと渡した。役立っていますよ、アベケンさん。

 

 

 

 

平塚古式消防保存会

明日1月7日、平塚市の消防出初式で梯子乗り・纏振り・木遣りを披露するのは、平塚古式消防保存会です。

「古式消防」というのは、江戸時代の消防方法。時代劇ドラマを思い出してもらえればわかると思いますが、大通りに面した『大店』、裏の方に庶民が住むのは『長屋』。火事になると、木造家屋には一気に火が回ります。(昨年末の大火事災害のニュース映像を見ていて、江戸時代もこんなだったのかと思いました) 当時は消防車とか消火器はないので、火元・風の強さと向きを見て、「ここで火を止める」と判断したところで家を壊して、それ以上延焼しないようにする「破壊消防」という方法で火を消したそうです。その役目をしていたのが「とび職」。だから鳶職は誇りをもって「梯子乗り・纏振り・木遣り」を伝えているのです。   大名屋敷担当の「定火消」だけでは江戸の町全体を守り切れないので、大岡越前守が「市中の火事は「町火消」に任せる」と決めて「いろは・・・」の組を組織化。家を作るとき一番最初に地面を固めるところから壊すまで、鳶が関わっていたのです。親方は『頭(かしら)』と呼ばれて、(鳶の)頭は祝儀不祝儀~夫婦喧嘩の仲裁まで町のためにどっぷり。自分の町を守るために生きていたっていう感じみたいですね。いまでも、こういう頭がいらっしゃいますから。

梯子を立てて火元風向きを確認し、一番纏を振った組が「ここは俺の組が守るぜ」と宣言。木遣りはいわゆる労働歌で掛け声ですね。芸として梯子乗りの技は、日常時の訓練ではじめられたとか。

私たちが今着ている半纏は木綿の一枚ものですが、火消半纏は刺し子半纏で、火事現場に突入するとき水を被って身を守るとき、少しでも多くの水を含んで燃えにくくするためとか。半纏を見ただけでどこの組の者かわかり、裏地の柄で個人が特定でき、万一焼けてしまったときに身元がわかるように体に彫物(ほりもの)を入れていたとかいう話も聞いたことがあります。 (注)私には彫物はありませんよ~

明日の平塚消防出初式 梯子乗りを、江戸の町を思いうかべて見てくださいね。

http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/sh-soumu/dezomesiki.htm

謹賀新年2017

dsc_10902017年が始まりました。今年も、梯子乗り続行しますのでよろしくお願いします。

今日1月5日は、川口の「初出」行事ですが、私は参加していません。何年か続いていたのに、声がかからなかったのはとても残念なのです。一日までは、もしかして言われるかな~と思って予定に入れていたけどが・・・、仕方ない。こちらから押しかけるわけにはいかないしね。「今更だけど、明日来てくれないよね?」とメールが来たのは昨日夕方。さすがに、昨日の夕方ではこちらの段取りが付かない。会社は今日が仕事始めなので、朝からお年始のお客様にお茶出ししてます。

7日は平塚出初式と町回り、8日は二宮町と町回り。二宮は昨年から復活に奔走したので、気合入れているのですが、お天気が心配です。朝の箱根峠が凍っていたり雪でないことを祈っています。平塚と二宮の町回も件数が減っているので、来年に向けて増えてくれたらいいのですが。一般の会社やお店で、消防出初式の日に玄関前で梯子を立てさせてくれる方がありましたら、ご連絡ください!! (ご祝儀一万円からお請けするみたいですよ!?)

乗り続けている年数の長さと、一年間に本梯子に乗る回数の多さでは日本一かな? と昨年末に気づいたんですけど。少なくとも今年は平塚二宮があるからやめたりしない予定です。