ヒメ

24日朝、外気温24℃の表示。誕生日、いいスタートの兆し!? そう思いこめば、きっといいことがある。今年の目標は、現状維持。

2019宇都宮16

宇都宮の宮まつりでは、お神輿が還った後、梯子乗りでお祭りが終わる。夜8時半過ぎた頃なのだろうか ?   二荒山神社の階段下で梯子乗りすると、階段に残ってる人の先に神社の山門が見えて、そりゃあ荘厳なのだ。神様が見てくれているっていう感じ。神社に向かっての視線を遮るものなくライトアップされた山門が見える。昼とは違った場所のようになる。

「ヒメ~!!」とコールされたのは初めてで、「え!? 私のこと!? 」と回りを見ても私しかいないし。梯子下りるときまで「ヒメ―」って声がしたから、多分私のことなんじゃないかなって、勝手に信じて喜んでる。『ヒメ』ですよ、ヒメ。地面から7メートル近く上にいて、夜だからライトに照らされて顔もよく見えない状況だし、 だから祭りに酔った人がそう呼んでくれたとしてもおかしくないよねぇ。でも、ウレシイ。

お神輿を担ぐのと違い、自分だけが注目されるから、梯子乗りは1回本番を経験するとやめられなくなる。この日も、「お神輿はやらないの?」と松サンに聞かれて、「担いだことない。肩にタコができたら梯子乗れなくなるから」と返事した。学生の頃には8/16の三島大社での梯子乗りが終わるまでは日焼けしないようにしてたり、長きにわたり(笑) 梯子のためと言い訳して夏休みにほかのことしてこなかったなぁ。今は三島では乗らないけど。今年も招んでくれた宇都宮の梯子に、来年も乗れますように。呼んでもらったときに、いつもと変わりなく「行きます」と返事できますように。それには、自分がこの一年どう過ごすかにかかっていると思うので、現状維持が目標。今をどれだけ大切に生きるかが大切だ。

山関さんから頂戴したつくばの半纏、夜に映えると思わない?

背中に「つ」とあるのは「つくばの”つ”」。ピンク色の帯は館林のカッキーから貰ったもので、頭に巻いている手ぬぐいは、京都で買ったピンク色のウサギ柄。下2枚の写真、鳥が映りこんでいたり、ビルの一部分が映りこんでいるのは、高さを見せるkawahoriさんのカメラテク。きれいな写真をありがとうございました。

2019宇都宮14

2019宇都宮11

広告

宇都宮 宮まつり2019

2019宇都宮12019宇都宮22019宇都宮32019宇都宮42019宇都宮5

8月4日(日) 10時 二荒山神社前集合。朝7時のバスで、東海道新幹線・東北新幹線を乗り継いで到着。どこでもそうなのだけど、集合が早い。なるべく汗をかかないように、宇都宮駅から二荒山神社前までバスを使ったけど、結局待機中に日陰がどんどん移動していって、汗がでてくる。梯子に乗る頃には、日影がほとんどなくなっていた。

去年のお祭り以来2回目なので、状況がある程度把握できている。顔と名前が結びつくというところまではいかなくても、知っている人だというだけで安心する。今年、紫色の半纏の人たちが大勢現れた。真岡の木遣会らしい。乗り子もお昼に2人、夕方から3人。純粋に宇都宮の乗り子はアツシさんと、夕方から加わったアヤコさんの2人。私を含めて全6人。去年は宇都宮産(笑)の乗り子が多かったのになぁ~。

栃木県連若鳶会長の石崎さんが専属のカメラマンさん(笑)が、私の写真も撮ってくれたので提供してもらっちゃった。梯子、カギ、纏、背景には高さがわかるビル。一枚にすべての要素が納まるように撮るには行き当たりばったりではできない。石崎さんをカッコよく撮るために研究されてたんですね、きっと。私はオマケみたいなもんですが、そのおかげでいい写真をもらえてありがたい。

このほかにももらえるみたいなので、アヤコさんやアッちゃんのも紹介できる予定。宇都宮、また来年も梯子乗りしてくれますように・・・祈ってます。

2019夏の梯子乗り 川口

私の、令和1回目梯子乗りは、2019年7月15日の川口。梅雨明け前で、涼しい日でした。例年海の日は梅雨明け直後の猛暑日だけど、今年は梯子日和。4月の日立さくらまつり以来3ヵ月ぶりでしたが、気持ち良く乗れました。

DSC_0612.JPG

川口の木遣りは梯子の上にもよく響いてきて、節に合わせてるんですが、前川神社では梯子を下りるタイミングに合わせて遣り声も切れるように、自分の頭の中で計算してたんです。なので、地面に足を着けたときに「やった~!!」と したり顔(笑)。 この、さもない瞬間、誰も気づいていないだろうけど偉業を成し遂げたぞという充実感!! 気持ち良かったぁ。なんというか、この空間をここで締めたぞみたいな? どうでもいいことでこんなに感動できる自分が嬉しかったりして。多分、わからないよね。川口鳶のLINEに書き込んだけど、反応なかったもの。それでも私は、この日一日、川口まで運転して往復して梯子乗りしてきた疲れも、軽~く吹き飛ぶくらいの満ち足りた瞬間を過ごすことができたのだから、それでいいのよ。

根鈎がポキンと折れてしまうというアクシデントも生じましたが、根鳶1本なんで、鈎の先端が欠けても柄の部分を入れて絡めれば力学的には問題ないんじゃないかなぁって。むしろほかのカギもちと乗り子が動揺してしまう心理的作用の方が怖いですね。「このくらい大丈夫」なんて私が言うと「危険な状況に配慮がない」とか言われてしまいそうですが、梯子の上で命綱無しに演技をしていることそのものが危険を無視しているのです。臨機応変に、その時自分ができる最善の方法で対処するしかありません。ポキッと折れたのが、頂上の乗り子が技に入る前だったことも、幸運でした。

明日は宇都宮。一年ぶりに行ってきます。

旧五輪聖火台のニュース

5/14に旧五輪聖火台が石巻から盛岡へ移されたというニュースを見た。とくに河北新報社の写真には遠藤興業さんの半纏がバッチリ映っていて、「みんな頑張ってるな~」という思いがこみ上げてきた。

2015年6月でしたよ。雪が降るんじゃないかっていうくらい冷たい大雨の中で梯子乗りをしたのは。濡れた半纏の背中が竹に巻き付いて動かなくなっちゃって、観客を冷や冷やさせてしまって、森元首相に「恐くて見ていられなかった」と言わせてしまった、あの苦い思い出。握手してもらった室伏広治さんのフカフカな掌が強く印象に残っていて、あのとき手拭を差し上げればよかったなと今でも後悔してる私(笑)

石巻のみんな、どうしているかなぁ~? 私は、まだ梯子乗り続けてるよ~!! あのころと変わったのは髪型だけ、身長体重は変化してない。

とはいえ、自分が梯子乗り続けられる体力を保ち続けたとしても、どこからも声が掛からなくなったら突然乗れないことになるので、どうにもならない。あの日と同じメンバーで同じ場所で乗ることはあり得ないし、あの天候も、二度と同じ状況はない。いつも同じことをしているかのようでいて、刻々と変化している中にいるわけだから。

いつかまた、石巻で会えるといいね。梯子乗りじゃなくても。

 

ねこの世話をする毎日

「アケミさん!? あ~夢じゃないでしょうね? もう会えないんじゃないかと諦めてたけど、会えますようにと拝んでた。」・・・入院から10日目。インフルエンザ蔓延のため全館面会禁止となっていたため、救急搬送されたとき以来、顔も見ることができなかったのだ。昨夜はどういうわけか、買い物途中に「あぁ、病院のご飯はきっと味気なくて食べられないかもしれない」と思い付きお弁当用のふりかけパックと好物のチョコレートを買って、「明日でもいいけど、今夜のうちに受付に渡しておけばいいかな」と、そのまま病院に行った。すると、家族のみ面会可能になっていた。部屋でウトウトしていたアヤコさんに声を掛けたら、パッと目を見開いて、涙ぐんで喜んでくれた。心なしか頬のあたりが膨らんで、優しい顔になっていた。毎日キリキリと動いていた時間に追われた生活から、何もしない数日で気持ちが解放されたのか?

アヤコさんが飼っている猫は、留守番をしている。毎晩世話をしに行くけれどなつくわけじゃなし、にゃ~ぉと啼いて元気だという合図はしてくれるだけだ。餌も、アヤコさんは我儘に猫の好みであげていただろうけど、知ったこっちゃない。とりあえずあるものをあげておけばいいかなと出しておくと、翌日には食べ尽くしてある。ほかに何にもなければ贅沢言わずに食べるんだわ。アタシはアンタの言いなりなはならないわよ!!   ネコ砂も買い足して、猫好きの人からアドバイスを受けて、退院してくるまでは世話するしかない。

その猫が、昨夜は玄関ドアを開けたとたん「にぁ~ぉ」と大きい声で尻尾を立てて出てきた。ははぁ~ん、私がアヤコさんと会ってきたのがわかるんだね。「アンタのおばぁちゃんは、元気だったよ。まだ帰ってこないけどね。」と言い聞かせた。なんと、昨日は、私がいる前で餌をガツガツ食べているではないか!? こいつ、なかなか人懐っこくなってきたか~? いや、多分今だけだね。

「アヤコ、貴女に迷惑を掛けるのは忍びないけれど、ここで死にたくないの。先生に、一度退院させてくださいとお願いしてもいいでしょうか? 退院したら貴女が大変になることはわかっていますが、自分の家に帰りたい。」ボケてもいない人が、知らない病院の病室で「あぁ~私はここで、一人で死んでいくんだろうな~」と毎日考えていたのかと思うと切なかった。「自分でご飯が食べられて、歩ければ、今までと同じ暮らしができるって先生から聞いていますよ。だから、ここで休養して帰ってきてください。そのために猫の世話して待ってるんですから。」90年以上生きてきて、頑張って頑張って生きてきた人が、こんな風に哀しく自分のことを頼まなければならないなんて。もっと堂々と、私はあなたの倍もの人生を切り抜けて今日まで生きてきたんだと胸を張っていられるように…それが普通にできないものか。アヤコさん、猫のように生きられたらいいねぇ。

一人の覚悟

10日16時。玄関のベルを鳴らしても応答なし。以後30分おきに電話&呼鈴鳴らすも返答無し。やっぱりおかしい。19時、玄関の「ピンポーン🎵」に「は~い」という返事が聞こえる。何回か鳴らしてみてドアに耳を寄せる。「はーい」「ごめんなさ~い」と声がするが、電話も出ないし玄関ドアも開かない。合鍵で開けたが、ドアチェーンが掛かっている。隙間から声を掛けても同じ返事しかない。室内で倒れて動けないのは確かだ。「生きててよかった」

11日は川口で梯子乗り早朝出発の予定だから、19時半に救急車を呼んで夜中まで対応に追われたら行けないかもしれない。生きててよかった、と心の底から思ったものの、大変なことになった。救急隊が到着、私は外で待機していたが、中からやり取りが聞こえてくるので、アヤコさんは無事だ。救急車に乗るのを拒否しているらしいので、私も室内に入った。和室で仰向けに倒れていて意識がある。天井を向いた顔からは、のぞき込む見知らぬ男性隊員を不審がる恐怖感のようなものを読み取れたので、「私が救急車を呼びました」と理由を説明すると落ち着いて聞いてくれたが、「大丈夫です。自分で起きれます。帰ってください。病院には行きません。病院に連れてかれるくらいなら、ここで死なせてください。」なんて頑なに拒むので「いい加減にしてください。私は、あなたが生きている状態で見つけたのに、ここで死なれたら、私はどうしたらいいですか?病院、行ってください。」意識があるので、本人の確認が取れないと救急車に乗せることができないらしい。「アケミさんに迷惑を掛けられません。病院には連れていかないでください。」私は明日梯子乗りで不在なことを伝えてあった。それを言っている。「大家さんに迷惑を掛けたくなかったら、救急車に乗ってください。」その言葉で頷いた。ホントに世話がやける人だ。大正15年生まれで「世話をかけたくない、人さまに迷惑を掛けてはいけないと育てられた」と常日頃言っているくせに、私には世話ばかりかけていると微塵にも思っていないようなのだ。

体温32℃の低体温症で、救急搬送された病院ではベッドが空いていないため入院可能な病院を探してもらい搬送したのが0時近く。手続きを済ませたがそちらの病院でも検査をしているので、2時近くになり「明日早いので、命に別状がなければ私は帰宅したい」と帰してもらった。7時出発は無理そうだ。

11日朝、病院に電話で容態を確認したら変わりないとのこと。だが、自分の状態が、運転して川口まで行って梯子乗って帰ってくるのがキツイ。仰向けで転がっている人を見ちゃって、「あなた今日はお出かけじゃなかったの?大丈夫なの?」などと救急ベッドに寝ている人に言われたりしたら、変に興奮して寝付けなかった。

低体温症だけで外傷も骨折もないが、身体機能を回復させて一人で暮らせるようになるまで入院。埼玉県にいる親戚に電話をしたが「私も高齢で腰が悪く…どうしたらよいものか、行くことができません。よろしくお願いします。」というだけだ。そんなもんだよな~。

『貴女がいずれ年をとったとき、きっと貴女のような方が助けてくださいますようにと、その時まで私は天国から貴女を見守っていますからね。』なんて言ってくれてもねぇ~。見守ってくれなくてもいいから。生きてる以上助けるからさぁ、素直になってよ。助けてほしいときには助けてと言ってよ、と思う。大正15年、日本橋人形町生まれの江戸っ子は、頑固でしょうがない。

 

2019川口初出

川口の初出で起きた不思議なこと。

前川神社で乗った後、鳥居の前にいた女性が話しかけてきた。梯子の上から「サーッ」と言って(私に)指さされたとき、その方の指先がビリビリと痺れてきたという。「この人は何物?」と思われたらしい。指さしたことをお怒りなのかしらと思っていたのが、指先が痺れたと言われても…説明できない。何物でもない(笑) 。あるとしたら…前川神社のパワーを私が中継しちゃったのかも…? いやぁ~、無い無いそんなこと。

『武蔵野健康ランド』では、帰り際に「アケミちゃ~ん💛」と呼びながら近づいてくる男性。私は、てっきり鳶関係の人だと思って「は~い💛」なんて答えちゃって。車に乗ってから「今の人、昔組合に居た人ですか?」って尋ねたら、だぁれも知らない人。だって名前呼びながらハグしてきたから、絶対関係者だと思った。どこかで会った人なのに、私が忘れちゃっているのかなぁ? キツネにつままれたみたい。

『ゆのさと』では、「去年も見たわよぅ」という女性。川口鳶&浦和鳶の若衆がイイ男なんで「スーパー銭湯アイドルになれるわよぉ」とニコニコ顔。ほら、5人並んだ写真とOちゃんの写真を見てみて、本当にカッコイイでしょ。ゆのさとには暮れに「純烈」がきて大フィーバーだったそうで、「純烈より素敵よぉ~。来年は写真貼り出しなさ~ぃ。」 私もそう思う。みんなカッコイイもの、梯子乗りをする人・纏振る人という括りじゃなくて、『背亀のタカノブ』とか『纏の旺ちゃん』とか芸名で売りだせばねぇ~、各地にファンができるかも(笑) 。「来年も見に来るわよ~」という彼女の笑顔、忘れられません。