實川さん マツコの知らない世界に出る

富士山の實川欣伸さんが、今夜(8/8) 9時~TBS系 「マツコの知らない世界」に出演しま~す!! 先週、 番組予告に實川さんの姿を発見して、いち早くNAOKOにメールしようとしたら、既に彼女から「来週出るよ~」とメールが来ていたのでした。(負けた!!)DSC08607

この写真は2015年に登ったとき。私たちは昼に6合目を出発して9合目を目指す途中です。このとき實川さんは1本目の下り。(*´Д`) 散歩するみたいな感覚で一日に2回も3回も登れちゃうんですよ、人間とは思えない!!!

BSで味の素のCMに出ていたのを発見したときは、驚きましたね。三浦さんかと思ったら實川さんで。

17日にはBS朝日で「桂文枝 芸能生活50周年記念富士登山」にも同行してテレビに出るそうです。「今年は富士山2000回登頂を達成したいと頑張っています」と暑中見舞いに書いてありました。会社を定年退職してから富士山に登りだしたらしいですよ、實川さんは。年齢相応に、身体的にも色々とトラブルがあるにも関わらずです。スゴイ人はスゴイ。

何歳からでも記録を更新できるんですね~。

 

 

 

 

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コオロギ

玄関で靴を脱いだ時、絨毯の上に1匹のコオロギが踏みつけられて死んでいた。昨日の夕方、ここよりも室内に近い片隅で仰向けになって手足をパタパタさせているコオロギを見つけたので、向きを正してあげて外へ出してあげた。向きを変えてもピョンピョン跳ねて出て行かなかったから、弱っているのだろうと思っていた。犬に踏まれたのか、スリッパの下敷きになったのか。あの時私が、庭の草中に出してあげていれば元気になれたのだろうか? いや、仰向けになっていたとき、既に寿命がきていたのかも。では、踏みつぶされているのではなくて、生きていた時と同じような姿勢だったら「こんなところにコオロギが死んでる」だけで通り過ぎていただろうか? 踏まれたのが、死んでからなのかどうかもわからない。

昨日の夕方、せめて庭に出て行くまで見ていてあげればよかったかなと思ったり。命が尽きようとしているときに、私が偶然関わっただけで、この虫が生きた意味があるのかもしれないなどと思いながら・・・。いろんなことを考えていたら、せめて草の中で蟻やトカゲの餌になるか土に還してあげたいと、掃除機で吸い取るようなことはやめた。

掃除機をかけていると、アブの死骸があった。私は、何の躊躇もなく、虻に掃除機の先端を向けて吸い取った。同じ「虫」なのに、この扱いの違いはなんなのだろう??

ガンピセンノウ

お茶の先生のお庭から、「ガンピ」という花を貰ってきた。楮・ミツマタと同じ紙の原料になる「雁皮」だと思いこんで帰って調べたら、全然違っていて、ナデシコの仲間みたい。そうだよな~、ナデシコの花に似ているよな~。紙の原料である雁皮の花は、その辺歩くとよくある花であることも判明した。知らないだけだった。

私のお茶の稽古は、なかなか進歩しない。月に2回のお稽古で、自分で稽古日を選べるというのに、なんだかんだと都合がつけられずに休んでばかり。であるにもかかわらず、習い始めてから、ものの見方がずいぶん変わったと思う。花の名前や山野草が咲く季節は、知らなくても何も困らないことだけれど、知っていると自然環境にやさしくなれる。

お茶の淹れ方については、「何度のお湯を何㏄・一人分何グラムの抹茶か・泡立てるときの時間は何秒か?」ということは一切ない。目安としてこの程度みたいな、アバウトなものだ。何グラムで何㏄かというレシピ通りに淹れれば、誰が淹れても同じような味になると思うのだが、それにはあまり重要性がないのだ。

お点前は、茶室での足の運び方・道具の扱い方・手指の使い方とか諸々決まりごとがあって、覚えるのが大変。最初は何が何だかこんがらがって。何度も繰り返すうちに、道理にかなって最もいい方法を手っ取り早く教えてもらっているということに気づく。お稽古事として歴史があるだけに、季節ごとに道具が変わったり方法が変わったり変化がたくさんあり、次から次に新しいことが出てくる。終わりがない。

日本人なのに、なぜ皆こんな基本的なことを幼い頃に学ばないのだろうか?物を大切に扱い、支度してもてなして片付けてという一連の所作を、小さい頃に身に付けていれば何も考えずにすんなりとできただろうに。少なくとも、毎日茶碗を洗う時どう洗いどう拭くかくらいは、身についていただろう。知らなくても困らないことだけれど、身についていたら自分が素敵に見えそうな気がする。

龍宮殿 

箱根プリンスホテルの龍宮殿が日帰り温泉に!!!  オープン7/22(土)の翌日行ってきましたが、混雑もなくて不思議なくらい。こんなに空いてていいのかな??  23日の箱根・芦ノ湖は霧が出ていて、対岸は霧の中。行き来する船(海賊船や普通の遊覧船?やモーターボート)が、意外と多いので、露天風呂の入り口付近で躊躇している人がいて、「多分、船からはこちらが見えていないと思いますよ。さっき船に向かって子供が手を振っていましたけど反応なかったので。」というと、「そうよね。確認してから作るわよね。」と安心したようだ。まぁね~、見られたとしてもこんなに遠くては誰かわからないしね~。DSC_0394気にしない気にしない。

誰も居なくなった露天風呂の縁に寝ると、流れ出るお湯の向こうに芦ノ湖の水面が繋がって見えていて、シアワセ~な満足感。(梯子の上に寝てるときと同じ感じ)

龍宮殿は、浜名湖の舘山寺温泉に建てられていたのを、解体して箱根まで運んで建て直したなんて、知らなかった。貨物列車で熱海駅、熱海からは十国峠を通って芦ノ湖まで運んだなんて、かなりビックリ。日帰り温泉になってくれて、建物の歴史にも目を向けられたみたいな気がする。飛島建設の前身である飛島組の社長さんが自分の趣味で建てたっていう話も凄いけど、それを箱根まで運んできてしまう西武の堤サンはもっとスゴイ。こういう方々のおかげで長い時間を経てきた建物を、日帰り温泉なんていうもったいない使い方をさせてもらえるなんて、有り難い。

 

川口 前川神社2017

17日(海の日)早朝、川口では雨が降り、雨上がり後の熱気が上がるお昼前後に梯子乗り。乗り子は浦和の大将クンと青木兄弟と私で4人。「双子の青木君が続けて乗らないように間に入って2番で乗るよ」と私が言うと、大将クンが咄嗟に「俺が3番目行きます。トリは川口で締めてください」と言い、雄太郎⇒明美⇒大将⇒健太郎 *健太郎・雄太郎は入替 。

2番手、いいよね~。大将クンが背亀を決めてくれるから、私はやらなくていいもんねぇ。『後の人、頑張ってください!!お願いします!!!』 という立場でいていいのだから、ラク。年上を労わってもらいまして、本当にありがとう(笑)  大将クンが安定して技を決めてくれるようになった今、地元の青木兄弟もそれに続いてほしいなと思うので、これはいい経験になったかな。川口鳶消防組の梯子を守っていく2人を、私と大将クンは陰で支えている。危うさがなくなって安心して見ていられるようになったら、次は梯子乗りすることを楽しんでくれるようになるといいね。自分か楽しんでいれば、見る人のコワさも半減する。

私がニコニコして乗っていても初めて梯子乗りをナマで見た人は「恐い」と言うのだから、乗り子が緊張してビビッていたら、見物客はまともに見ていられなくなってしまう。私たちは、観客に恐怖を味合わせるために梯子乗りをしているわけではないのだから、ヒヤヒヤさせても最後はホッとしてまた見てみたいと思われるように乗らなくてはいけない、と私は思う。

絶対に落ちないという保証はどこにもない。家族やカノジョが見に来ていて、「どうか無事に」と祈りながら見守ってくれる。その祈りにこたえて無事に下りてくる。怖くて怖くて「もうやめて!!」と言われてしまわないように、少しでも安心してもらえるように、やっぱり練習するしかないよね(笑)  「あなたなら大丈夫、でも気を抜かないで行ってらっしゃい。」と言ってもらえるように、練習だ~!!!  梯子から落ちる確率よりも、交通事故に会う確率の方が高いよ、きっと。

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できるなら

7月15日昼に館林に着いたとき34℃、一時間後には35℃。空気が薄いと感じる。熱風で、一度に吸い込んだ空気が50%位しか体内に供給されないんじゃないか?? 深呼吸をしても、深呼吸ができない…。三島の暑さとは全然違う。乗るのは夕方、体を館林に慣れさせておくために、駅前の「花山うどん」でお昼ごはんを食べてから、荷物を引きながら周辺を歩いた。いやマジ、暑すぎ。

館林の乗り子さんは8人、私入れて9人がメインの本部席前で乗る。9人も乗ると、カギ持ちの人たちはキツイだろうな~。乗っている人がいる間は、持ち手を変えたり動かしたりできないから。たぶん私は軽いから、ちょっとは力が抜けたかもしれないのに、そのあとで「吊り亀」。練習無しのぶっつけ本番らしいのだけど、疲れたカギ持ちサンたちには「えぇ~??」みたいな感じなのか、梯子が倒れてしまうんじゃないかと心配した。やるぞって最初から言っておいて心構えしておいてもらわないとねぇ。

吊られたアベさんは、「もう乗らない」と決意して臨んだそうだけど、吊り亀のくやしさを挽回する気になって、3か所目では見事な背亀を披露。乗れるのに乗らないなんて、「乗れるのに」という気持ちを押し殺して後輩が乗るのを見ているだけだなんて・・・私には我慢できない!!!

夜、アベさんとサカモト君の3人で飲んだ。サカモト君は、アベさんの技のキレイさに憧れていて、「どうしたらいいですか?」「教えてください」と酔っぱらって何度も言っている。アベさんは私と同様に乗り子経験が長く、一年くらい練習していなくても体が覚えているから、突然乗っても平気で乗れる。だけど、経験少ない人が一年練習しなかったら、体が思い出すまでに一か月かかると私は思う。「練習あるのみ!!」だ。なぁんて、私とアベさんが口を揃えて言っても、練習した姿を目の前で見ていない人にはわからないだろう。私は、練習したよ~。中学高校の6年間は、はしごの時期の1か月間は毎晩練習に通って、家の庭に練習梯子を立てて練習した。集まって練習するときはほかの人が下りるのを待っていて乗った。みんなが休憩するときは自分が独占できるから、父の命令で、休憩が終わるまで一つの技を同じ姿勢でずっと保ち続ける練習をしてた。例えば、2本背亀で仰向けになった姿勢で夜空を見ながら休憩時間中寝てるとか。

同じところに体重をかけて、この位置じゃダメだとかずらして体得するので、足も背中もお腹も内出血して、翌日はまた同じところに灰吹きを当てるだけでも痛くて。そういうことを繰り返してやっと自分でここだっていう位置がわかって。痛くて泣きたいんだけど、泣けないんだよね。「泣き事言うくらいならやりたいなんて言うんじゃねぇ!」って父に怒鳴られるから。「自分がやるって言いだしたんじゃないか!?俺がやってくれって頼んだわけじゃねぇ!」今でこそ録音されてDVだなんだって騒がれるけれど、昔はそういう親は珍しくなかったし、特に私はそういうものだと思っていたので、女だからこの程度でいいとか子供だからこのくらいで適当にとかいう甘えは一切許されない。それでも、楽しくなったから毎年乗っていたんだと思うな。本当に痛くて苦しかったら次の年には乗らなかったと思う。

やめなくてもいいじゃないの。自分が乗りくて乗れるなら。体がついていかなくて、本当に駄目なときは自分が一番よくわかる。鳶のみなさんは定年退職もない人ばかりでしょう?自分が責任を持てる仕事ができるうちはやめないでしょう?乗れる身体と心を保つ努力をすれば、はしご乗れるよ。

15日館林まつり

7月15日は館林まつり。半年ぶりに梯子乗りします。昨日ABE君サンから電話もらいまして、行く気スイッチオンしました。なんか、七夕みたいでいいよね~。

ほぼ同じタイミングで、Kakkyからも着信があり、こちらは死にそうな声で「頭いてぇ~」。熱中症じゃないのか?と聞くと、「土間コン打ってたから、仕事中水飲めない。左官屋は倒れた」と途切れ途切れに・・・。灼熱・館林で、野外の仕事はキツイでしょう。いくら蒸し暑いのに慣れている地元民であっても。

でも、そんな館林に梯子乗りしに行く私のことをKakkyは笑います。「館林に来るんだから信じられねぇ」と。信じられねぇって、来いっていうから行くんじゃないの!!

16日には大学時代のトモダチであるタカちゃんと大宮で久しぶりに会う予定。わかるのかなお互いが。そして17日は川口で梯子の予定。三島よりもかなり暑いと思われる北関東エリアで、体力が持つのかというのが最大の心配事。